酒造りをする上でまず考えなければならないことに、蔵の個性、クセがあります。たとえば高砂酒造なら、鉄筋コンクリートの建物だということ※。コンクリートですから気温が下がってくると急に冷えこんでくるわけです。それまで私がいた蔵は木造・レンガの建物だったので、最初の年はその温度変化がなかなかつかめなかったですね。よその蔵での経験を持ち込んでも、そのままでは使えないということです。設備だけじゃありません。水も違いますし、環境も違いますし、何より一緒に働いてくれる蔵人が違う。だから、いくら私が杜氏として長年経験を積んできたといっても、9年前にここに来た時は“新人”だった。でも今日からは私の言う通りにやってくださいということで進めていき、2年たった時にはすべて私のやりかたに変えたんです。そうしないと、自分が造りたいと思っている酒と違うものになっていってしまいますから。
注※ 高砂酒造の酒蔵は昭和4年に建てられた鉄筋コンクリート造。
戦前に建築された鉄筋コンクリート造の蔵は全国に4つしか現存しておらず、高砂の酒造は3番目に古い建物。
蔵人は一人一人みんなプライドを持っています。もう何十年もこの蔵で働いているベテランもいますし、それぞれがそれまで積み重ねてきた自分なりのやり方を持ってる。そんな彼らを尊重しながら束ね、私のやり方で新たにやっていってもらうわけですから、一人一人に対して命令ではなくお願いをするわけですね。酒というのは杜氏一人ではなく、蔵人全体で造るわけですから一人でも違うことをやられたら困るんです。ですから皆さんにお願いしながら、私の造りはこうですよってことを常に伝える。そうすることで、自然と私の造り方になっていく。蔵人の“和”っていうんですか、コミュニケーションね、私は報告・連絡・相談のホウレンソウを一番基本にしてやってます。それを大事にすることで一人一人が私の方に情報を伝えてくれたり相談してくれたりしますし、何か起きてもすぐに対応できるんです。
昔と今で高砂の酒は変わりました。酒質がまったく違います。より良くしようとして変わっていくことは、お客さんに対するサービスだと思っています。私が9年前に入って、最初の2年で5割以上変わった。それから毎年、去年よりは今年、今年よりは来年っていうようにちょっとずつ良くなってきていると思います。酒も料理と同じでね、同じ素材を与えられても、その人によって自分の造りたい酒ってのがあるんです。同じように精米した同じ品種の米を使っても、造る人が違うと酒の中身も変わるんですよ。だから同じ銘柄でも、杜氏が変わると酒は変わります。たとえば私が来る以前の「烈」と、今の「烈」を比べると、味も香りも違うでしょう。同じ銘柄であっても中身はまったく別物なんです。
酒造りは、毎年5月から9月までの間に前年の反省会をするんです。本当はもっとこうしたかったっていう反省を翌年の酒造りに活かしていく。精米をどういう風にするか、配合をどうするか、種麹をどうやって使ったらいいか、酵母をどうするか、あらゆることを夏場のうちに検討して決めます。つまり、建築でいう設計図みたいなものをつくる。その設計図は、大吟醸から普通酒まで全銘柄でみんな違います。そうして設計図をひいた上で初めてお米を買うわけです。そこからは現場での試行錯誤になる。その年のお米の出来だったり、産地だったり、品質だったりでまた作業が違ってきますから。2分洗って5分浸けるか7分浸けるかなど洗米作業から始まって、蒸し上がりも柔らかかったり硬かったりに合わせて細かく調節し、それから48時間かけて麹を造っていく。酵母については9号系ってことでほとんど変えたことはないですけど、吟醸については香りの強い酵母とかも使っています。その後、今度は2週間かけて酒母を造る。酒母は酵母と麹でだいたい決まってしまいます。重要なのはやはり麹と米ですね。たとえば「烈」だと美山錦を使ってるんですが、それは今までいろいろ試してきた中で美山錦が一番合うと思うから。山田錦を使うとまた違うものになって「烈」じゃなくなっちゃいますし、北海道のお米でもまた違う。それから発酵。発酵の時、どのくらいの温度にもってくかってのも事前に全部決めてあるわけです。「烈」ならこういう酵母だからこういう発酵にしたいというように。もちろんそれは目安なんで、実際にその通りぴったりにはいきません、気候とかいろいろな条件に左右されますから。後は経験やカンで、「烈」なら「烈」らしい酒になるよう仕込みで近づけていくわけです。ただほったらかしておいても酒にはなるんですよ(笑)。でも、「烈」にはならない。そこがまた面白いとこなんですよね。
高砂で造っている酒の9割は吟醸と純米なので、どうしても手間がかかります。まあ、何億もかければ機械化してできないことはないんでしょうけど、うちでは蔵人の手作業でやってます。ご覧のように機械らしいものもほとんどないもんで(笑)、ほとんどの工程が手造り。でも、人間の五感を使って毎日チェックしているからこそ、修正も素早くできるんです。目で見て、香りを嗅いで、味を見て、麹やなんかは手で触って、もろみのタンクの音や機械の音とかを耳で聴いて。5つの器官をフルに活かしていいものを造るというやり方です。それプラス、経験とかひらめきとかもありますしね。人間の手でできるとこはなるべく手でやろうって考えなんです。その方がいいものができるんじゃないかと。今はコンピュータで、タンクも密閉してしまって、中も見ないで造る方法もありますけど、それじゃあ何だか酒を造ってる気がしないでしょ。だからうちでは、機械化、省力化はどうしても必要なとこだけ。しかもその機械化、省力化にしても、酒によって変えてます。大吟醸には大吟醸なりの、純米には純米なりの造り方がありますから。画一的な造り方は一切しない。そういったこだわり、手を抜かない酒造りで、自信もって絶対いいものを造りたいって気持ちがある。そのことは常々、蔵の人達にも伝えています。
酒は嗜好品ですから、時代と共に変わります。市場の動向を見ながら、お客さんの嗜好に合わせて変えていくものだと思う。10年前は吟醸ブームだったけど、最近は純米酒が人気だ、とかそういう流れを読んでいかないと、我々は蔵の中にいるので時代に遅れちゃうんですね。あとは地元の食材との合わせ方。北海道の食材に合わせた酒造り。酒は料理を引き立てる、引き立て役ですよね。もちろんお酒もおいしくないとだめですけど、お酒がおいしくて、そして料理に対しても邪魔しない、そういう酒造りをしているつもりです。お酒だけを単独で飲むっていう時代はもう終わってますから。
祖父、父、私、三代続いて杜氏です。じいさんは私が2才の時に亡くなったんですが、伯母や伯父からしょっちゅう話を聞かされて育ちましたし、小学生の頃から「お父さんの後継ぐんでしょ」って言われてました。北海道で三代杜氏というのは、他にないでしょうね。私はじいさんと父親が働いていた酒造会社とは別の酒造会社に就職したんですが、その会社に清酒の杜氏がいなかったので、父に醸造技術を教わったり、酵母を譲ってもらったりしました。ですから杜氏の技術や心は、父から自然に教わったものです。父は祖父から受け継いだものでしょう。二人ともいわゆる頑固さというものはあんまりなかったように思います。杜氏には二つのタイプがあって、一つは職人気質みたいにガッというタイプ。もう一つは和を尊重するタイプ。私は後者の方です。怒鳴ったって人は思い通りになんかならないですからね。だから怒鳴るのではなく、理解してもらえるようにきちんと伝える。怒らない。失敗したとしても、一生懸命やった上のことだったら怒りませんから。その日のうちにすぐ言ってくれたら、修正ききますから。ただ、隠れてこっちの指示と違うことをやったら怒りますよ。その時は怒る。それだけは言ってあります。今後は、高砂の酒を造る杜氏としてもっともっといい酒を提供していきたいと思っています。今、もっと伸ばしていきたいと思っているのは「烈」ですね。ぬるめの燗でもおいしいですし、どんな料理にも合わせやすい。「一夜雫」ももちろんおいしい酒ですけど、正月とか特別な時に飲んでもらう酒ですから。「烈」だと普段でも気軽に愉しんでいただける。これからは酒を造るだけじゃなく、料理との相性や保存方法など、お酒をおいしく愉しんでいただけるための情報を多くの人に伝えていきたい。それもまた杜氏の大切な役目だと思っています。
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